(5)元彼の話

 彼と出会ったのは本当に偶然だったんです。僕は仕事柄、色々な場所に行くのですが、その帰り道に偶然別れたN子を見掛けたのです。あっちは僕に気付いてないようでしたが、実家に戻ると言ってやっぱりまだこっちに居るじゃねぇかと思い、そのままその日は終わったのですが、後日同じ場所で仕事があって、またN子と会ったりしてなんて自嘲気味に思ってたら本当に会ってしまい、今度はあのキスしてた男と一緒に手を繋いで歩いていたので思わず鼻で笑ってしまいました。実際に見る彼は僕なんかよりも全然カッコ良くて背が高くて、そりゃ僕なんか捨てて彼と付き合うだろうなあの女なら、と思いながら見てたらすぐ近くのマンションに入って行くのが見えました。比較的新しいマンションで立地も良く、賃貸にしろ分譲にしろ経済的にも僕は彼より劣っているのは明白で、ましてや僕の至らない愚息が原因で別れたのですから、彼に勝てる要素は僕には一つも無いのがこれで証明されてしまったのです。季節は師走、冷えた身体が一層冷たくなるのを感じながら僕は一つのイタズラを思い付きました。


マンションはオートロックでしたが新聞屋に勤めてた時に教わった技で、文房具屋で買ってきた下敷きを自動ドアの隙間に差し込んでセンサーに反応させると開けられるのを覚えてたのでそれを実行して中に入り、上から順に表札を見ていったら、しっかりと彼とN子の名字が並んでる部屋を見つけました。このまま直接彼らに接触しても僕が不利にしかならないので、見つからないようにマンションを後にし、下敷きと一緒に買った年賀状にマンションの住所と部屋番号を書き記して、別れるきっかけとなったN子の友達のM美さんから送られてきたLineに記されていた今までの簡単な経緯という名の彼女の人生の汚点を年賀状の裏に書き殴り、それをポストに投函しました。こんな事した所で、僕の書いたことを裏付ける証拠は何一つ無いので、N子の演技力を持ってすれば簡単にはぐらかせるのは目に見えてますが、今日は僕の誕生日、そんな日にこんなクソッたれな再会を演出してくれた神様に心からファッキューしつつ、こんな些細な復讐くらい大目に見ろよなと思いながら家路に着きました。


それから年が明けて数週間後、N子とテレビの中でまた再会しました。ワイドショーはN子とその彼氏のK君の話題で持ちきりでした。N子もやっと本当に実家に戻ったようです、無言の帰宅ですが、はは。